怒る人を許す。怒る自分を許す。
人はたまにキレるけど、ずーっと怒らない関係も変だね。
喜怒哀楽の怒だけ抜いた関係は何かバランスがおかしくなるもんだろうから。
キレても暴れても、何度でもやり直そうとする姿勢が大切なんだなぁって最近思うよ。
結局大切なのは、前を向いてるかどーかだなって。
前に進めば問題は嫌でも起こるしね。
止まってりゃ問題なんか起きないからね。
毎日感情が揺り動かされるから、マンネリはないし、これが生きてるって事なのかも知れない。
生き物だ感情は。 止まったらおかしい。
賢くない自分達を愛しく思う事もあるよ。
そういう気持ちを受け止め合えるまで、ぶつかるもんなんだよなぁ。
純粋性
束縛、管理、支配、契約をしている関係はいつか壊れる。
愛だと感じていた相手への気持ちは、自分を傷つけない為に相手を縛っていただけ。
結局は自分の事ばっかりになるから、相手も自分のことばかりになる。
自分の感情に執着して見る世界は、
とても歪んで見えるんだ。
一切の取引をなくした純粋な思いを見つけよう。
切り替え〜〜
今から○○○○を一生使えなくします。
チャンチャン♪
人生は思った通りになる。
シナリオはいつも私が作っているからな。
大切なのはノリ←
エゴ
本当の事を話せる人が欲しい。
その為に教えてる。
現実を幻想で解釈する人達と話が出来なくて苦しかった。
私は耐えるしかなかった。
でももう無理だと思った。
だから切りました。
みんな結局私を責めるけど、私を責める姿は本当に弱者なのか?
いい加減に自分に向き合えよ。
距離が近くなると、甘えで暴言を吐く人を許さない事を許しました。
信長を連れて名古屋の病院へ行った日。
信長の足は、どんどん回転して膝下が反対に向いて普通に立ったり歩いたり出来なくなった。
気付けばとんでもない方向に足がひっくり返ってた。
言い訳していいですか?
これノートパソコンのマウスにするトコで描いたの。
画力はしゃーないの…。
足が膝下からお尻の方にひっくり返ってるから、膝で歩いています。
ご飯を食べる時は、前足で逆立ちしながら噛んでて、上半身がマッチョになりました。
片足が不便だと噛むのも難しいのね。
動物病院で、難易度の高い手術だからと名古屋の専門病院に紹介状を書いてもらい、私たち夫婦と母親で行ってきました。
実はこの話が出た時から手術反対派だった。
病院の先生も家族も、普通の子犬のように走り回ったりお散歩が出来ないから可哀想って話してて、
生きていくのに問題ないんじゃない?とか言える空気ではなかった。
器用に膝で走る姿を見ると、自然界ではこうして形を変えて順応していくんだ~と感心してしまって、
のぶち(犬)が不便だと感じてるように見えなかったから。
これはこれでいいんじゃないか?としか思えないようになってきて、
手術する?ってのぶちに繋いだら、
その前の皮膚病と犬の精神病がやっと治って、精神的に落ち着いた所なのに、
また痛い思いをしてしばらく離れて暮らすのは寂しい
って思いが入って来て、
それでも足を治したいって気持ちになれなくなってしまった。
やっとご飯を食べるようになって、犬らしくなってきたな~と思ってた所。
9ヶ月にしては体も小さくて、全然大きくならない。
2月まさみちがセッションで家に来た時に、
「これって手術しないといけないもんなの?」と言って、
「やっぱそう思う!!?」って嬉しくなりました。
この人がそう言うなら間違いない。
で、余計に心が決まって向かった病院は、
なぜか良い結果が来るような気がして、楽しみでもありました。
のぶちは道中不安そう。
表情が変わってしまって、違うワンコのよう。
母の心配が流れたかな。
いつもののぶち
ずーっと励ましながら抱っこしてる母親。
のぶちは、母親が担当して見てるから、本当に可愛がってもらって、見事に温室育ちです。笑
私達はいえっちを担当。
病院に着き、受付を済ませ、待合にあるドリンクコーナーとお天気の良さで和みます。
そして記念撮影。
何やってるんだろう。
最初の検査があるので、1時間くらい待つ間、隣にお寿司屋さんがあるのでランチにしました。
ボリュームたっぷりで美味しかった~!
そしてリーズナブル!
そして、診察室へ➡︎➡︎➡︎
家族3人で押しかけます。笑
これがレントゲン写真。
右足がクルンとなって、膝のお皿がありません。
左足のお皿も反対へ回ってしまったみたい。
手術をしても改善しません。
との事で、手術なしでこのままという、私には納得の結果でした。
とても丁寧に説明してくれる先生で、
カルテの名前が、阿瀬井ではなく河瀬井になってたのがお茶目だった。
のぶちの体が大きくならないのは、
膝に負担がかかるから、体重を支える為に1キロくらいで保ってるんだって。
やっぱり動物って凄い!
ちゃんと欲しいだけ食べて、必要な進化をしてるんやわ。
偉いぞのぶち〜(゚∀゚)
みんなも結果に納得していました。
手術費用が100万と言われてたから、そこが一番ホッとしたかも。
その分貯めたお金はいえっちの抜歯に使えるな(≧▽≦)
帰りに可愛い喫茶店があったので、寄って帰る事に。
晴れてて良かった♪
病院とは言え、家族でお出かけが楽しかったな。
結婚してからこの家族で出かけるのは初めて。
あれからのぶちは元気です。
いえっちも元気です。
自分から私の上に乗ってきてくれるようになって、前よりワガママになってくれて嬉しい。
テレビジョンの表紙みたいでしょ?笑
オス3名とても仲良し。
それではまた〜✋🏻
私の青春時代② ~養護学校編~
中学校時代、教室に近づく程呼吸が出来なくなった。
怖くて逃げだすと呼吸は戻った。
なんで前に進めないのか分からない。
教室から離れた場所なら大丈夫だった。
学校に行けないだけじゃなく、レストランもダメ、人の多い所もダメ。
そこに行くと呼吸が出来ない、ソワソワ落ち着かない、逃げ場所を探してしまう、これを誰にも理解されない、永遠に抜け出せない穴に閉じ込められたような気持だった。
自分に甘いとか、すぐ逃げるとか言われ続けて来た。
『理解しようとせんくせに。』
心をどんどん閉ざしてしまい、人と話さない私でした。
私の苦しみを理解してくれる人がいないと、世間に背を向けていました。
そして、高校受験の為に、養護学校に入るという目的の為、
病院の先生に、自分で買った本のこの症状があるからこの病気では?と申告すると、
本当だね!と診断書を書いてくれた。
(先生知らんかったの?)
今までは病名なしで宙ぶらりんだったから、病名をもらってホッとした。
診断書さえあれば入学する権利があるのでここはクリア。
後は教室に入れるかが問題。
見学に行ったら入れた!
ちょっとしんどかったけど、入れた!
よし、ここなら行ける。
そして転入して、私の学年は同い年のRと私だけ。
クラスメイト2人。
あとは小学生がほとんどで、足の不自由な子、言語の不自由な子、知的障害の子、発達障害の子、私の知らない病気の子が沢山いました。
あんまりそういう知識がないだけに、何をしてあげれるかも分からない状態。
なので、いつも通り接する無理解な私でした。
授業は生徒2人の為、分からない所はその場ですぐ聞けるという授業でした。
これは通常級にはないメリットで、みんながいると聞けない事も、聞きたいだけ聞けます。
なので1~3年までの5教科は、1年で終わりました。
私のスピードで出来たので、大嫌いなダラダラした授業じゃないのが一番嬉しかった。
Rは、知的も少し入ってたのか、ゆっくりだったけど、2人を同時進行出来るのも養護学校の良さでした。
授業中、天気ええなぁ~~~とボーっとしてると、
『あ~…、い~…、う~…』と凄く苦しそうな声で言語の練習をしてる声が聞こえてきた。
涙が溢れました。
何で泣くんだろうか。
苦しそうに聞こえるけど、一生懸命前を向いてるような。
声を出す時、苦しそうに顔をいっぱい曲げてくちゃくちゃにしながら出すんですよ。
その一生懸命さ、真っ直ぐさ、困難でも気にせず進む心が苦しかった。
苦しい?
何が苦しいんだ私。
自分が幸せであった事に気づいてしまった事が苦しかった。
自分ではこんなに辛いと思う人生だったのに、自分とその子達の人生を交換したいかと問うと、嫌だと思った。
私は今の自分を選んでしまった。
授業中、恵まれた自分が後ろめたかった。
その子達を馬鹿にしたような気持ちになった。
別に思ってはないけど、そういう事にもなるなと感じた。
恥ずかしかった。
とても若かった。
休み時間、中庭でボーっとしてると、各教室からみんなが集まってくる。
1人でいるはずの私の周りにいつもみんなが集まってくる。
みんな私が怖くないの?
キツイ顔面なのに。
しかも上級生過ぎるのに。
分かってないだけ?
たまに授業中息苦しくなることもあって、それを上手く言えない私に、先生が『ピアノ弾いてくる?感情出せるかもよ。』と言ってくれた。
弾くのもしんどい状況で、もしかしたら楽になるかもしれない、と何でもやってみたくなった。
ていうか、授業中弾いてもいいんだ。
弾くと、また各教室からみんなが集まってきた。
先生まで。
終わって振り返るとめっちゃ人がいた!
え!?
『みんなが聴きたいって言うから私たちもきたわ~。』という先生。
『あれ弾いて~!』と言うみんな。
希望通り弾くと喜ばれた。
トラップ一家物語(ハウス劇場)みたいで感動した。
大好きなマリア先生みたいな自分が信じられなかった。
この学校にいると、今までみたいな余計な事を考えず、自分のままでいられた。
ホッケーとか何かを競う事も、手加減なくやってしまった。
悔しそうなのに手加減できない大人げない最上級生…。
どーしても譲れない。勝たせる事は出来ない。
とても小さい私でした。
ある休み時間、小4の女の子Mちゃんと中庭を歩いていると、隣にMちゃんがいない。
あれ?と後ろを見ると、こけている。
大丈夫~?と近づくと、倒れてうつむいたまま立たない。
え?どーした?立たれへんのか?と聞いても声も出せない。
せんせーーーーーーーーーーーー!!!と中庭から大声で叫ぶと、先生が出て来てくれた。
バタバタした中で、救急車が来て、どいて!と押されながらも動けなかった。
何も出来なかった。
私のせいだ……。
Mちゃんは次の日から学校に来なかった。
長期入院だった。
ますます自分を責めた。
もっとゆっくり歩いていれば良かった…。
そしたら異変に気付けたのに…。
私が早いから急いでこけたんだ…。
Mちゃん担当の先生が、私に声をかけてきた。
『Mちゃんから伝言もらったよ。香織ちゃんは悪くないよって言っといてって。きっと気にしてると思うから。ちょっとした事で骨が折れる病気やから気にせんといてって。』
泣きました。
あんなに辛い中で、私の心配をしてくれてたんだ。
なのに私は、上級生なのに下級生の事を全然考えていなかった。
なんて意地悪なんだろう。
いっつも杖をついて歩いているのに、ゆっくり歩けなかった私の愚かさ。
自分の事ばっかり考えてる意地汚い私。
みんなが私を怒らない事も辛かった。
許されていて、優しくされていた。
私はこんなに悪いのに、優しくされている事に居心地が悪かった。
Mちゃんに謝罪の手紙を書きました。
電話もさせてもらいました。
Mちゃんは電話をただ喜んでくれていた。
全然怒ってなかった。
それからは、周りの動きを見るようなりました。
他の人はどんな様子か。
物質的に不自由さがないか。
気を付ければ見えるものが沢山あった。
先回りして出来る事が増えた。
Rがてんかん発作になる前は、視線が合わずラリッたようになるので、事前に先生に伝える事が出来た。
Rは発作になって30秒放置すると死んでしまうらしい。
絶対死なせないと思った。
でもRは死んでしまった。
卒業してから。
辛いと電話をかけてきたのに、仕事に追われていた私は親身になってあげられなかった。
Rには私しかいなかったのに。
そして自殺してしまいました。
死ぬほど辛かったRの気持ちを考えられなかった自分に、罪悪感が湧きました。
知的障害と体の障害で、歩く事も上手くない女の子がみんなに嫌われていた。
なんで嫌いなのか聞くと、『嘘つきだから。』
障害ある子でも嘘ってつくの?そんな器用な事出来るの?と意外だった。
でも自分の目で確かめるまでは信じられない。
その子と話してみたくなった。
失礼ですが、ただの好奇心です。
話してみると、見た目は障害を持っているのに、中身は普通の人。
何このギャップ!意外過ぎ!
どんな嘘をつくのか楽しみにしていたけど全く出てこない。
聞くまで終われない。
やっとそれっぽいものが出た。
嘘つけるんや!!!
という感動にも似た気持ちが沸いた。
なんて普通なんだ!!!これは大発見!!!
障害持ってると、つい可愛そうに思う心にさせられるけど、あんたほんま普通やな!
勘違いしとったわ~!ごめんな~!
逆に失礼な自分を恥じた。
図に乗るなよ私!
世の中ほんま知らん事ばっか。
世界は広かった。
担任の先生は40前くらいに見えたけど、あの時は自分が若過ぎて老けて見えただけで、今思えば30代後半?(あんまり変わってない)
これまで男子が嫌いだった私は、先生は大人で落ち着いているから話すことが出来た。
国語の先生でオタク気質の為、質問すると色んな事を話してくれた。
私の好奇心が満たされていく。
一緒にいて楽しい気持ちから、中3で初恋をしました。(遅め)
青春を取り戻すかのような恋です。笑
学校が更に楽しくなりました。
そして先生は結婚するらしく、わりと早くその初恋は終わりました。
結婚すると聞いて、急に男に見えだして気持ち悪くなってしまった。←
あんなになついていたのに、喋りかけられるのもキモくなってしまいました。
好きと嫌いは相対性ですね。(五行講座参照)
3年分の勉強を終え、よく1年でここまでやったと褒めてもらいました。
自分でも信じられない。
夢中でやってきたけど、本気出せばなんだって出来る気がした。
高校は私立の普通科音楽コース。
推薦で入りました。
実技は誰よりも自信があったので、そこはピアノの先生から高校の先生へ、上手い事話してもらっていて、音楽の才能は信用されていました。
そして合格!*(^o^)/*
人生の普通科へ行ける!*(^o^)/*
特殊コースは終わり!*(^o^)/*
と思えたけど、そうではなかった。
でも、高校生に無事なれるという事だけで幸せでした。
養護学校にいると、テキストでは出来ない勉強が沢山出来ました。
人生で本当に大切な事を教えてもらえた。
私は誰よりも豊かな学生生活を送ったのかもしれない。
だから自分の子供を支援級に入れたかった。
私の意志は固かった。
ゆうきにはこうやってのんび生きて欲しかった。
あの辛さは私しか分かってあげられない。
普通級も体験させて、本人と話合って決めたので、満足しています。
社会的には劣等感のある学歴、養護学校。
ゆうき君の将来どーすんの?ってたまに言われる。
そんなもん知らんよ。
でも今はこれがベスト。
なーんも考えないまま、目の前の問題をこなしてい行くだけの作業です。
この問題はいつか上手く行くようになってるんだろうと信じています。
根拠はなーし。
次回、高校編へ続く…
それではまた~🖖🏻