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阿瀬井 香織 〜鏡のブログ〜

命には終わりがある。魂は時空を超えて受け継いでいる。今の私は過去の私の希望。阿瀬井香織、もう一つのブログ。

解放者カオジになる。

擁護者(殉教者)←→解放者

 

私の第5階層の、<苦しみを身をもって知っている>は殉教者。

人がこうやって関わってくれるし、私が人に関わっている姿でもあります。

 

家族感でも、私が擁護者をする事で、殉教者を生み、擁護者である私が助け無くなったら殉教者はどうなるかを見てきた。

私のやって来た事は、助けるという美しい表現で、相手を堕落させるだけでした。

 

やっている事だけ見たら、美しく優しい。正しくも見える。

でも、相手をその呪縛から解放する事は絶対になかった。

 

こんな固定化された関わりで縛っていた家族(夫のいとー君)を、2月に切ってみた。

「他人モードにする」と自分に宣言して、容認者のブロックを外した。

 

外した結果をまさみちに見てもらって、

オッケーをもらってから、たまにぶり返す殉教いとー君。

それは、新たに擁護する私と同時発生だった。

 

気付いてすぐ辞めると、いとーも気付く。

いつも揉めるのが面倒くさい。

でも、それを恐れる事で容認しては、擁護し過ぎて疲れて嫌になる。

 

この関係を解放したい。

 

これをまさみちに頼んで楽するんじゃなく、最近では自分で出来るようにもなって来たから、

「やれる」と腹に決めてやります。

 

お客さんに殉教者が多い事、またその殉教っぷりが、新しいお客さんでぶり返して来た事で、見直してみます。

 

。。。。。。。

 

今までの私は、人をただ救うだけの相談をして来た。

そんなつもりはなかったけど、結果的にそうなっていた。

「救うなんて傲慢」だとか、そういった事もどーでも良かった。

やりたいからやっていた。

 

ただ救うだけで導く事が出来なかった。

そうやって、救われただけで、道を見失った人達を捨て、自分だけがすました顔で生きていた。

ここ数年の私は、小綺麗な理想を追い求め、本来の暴君を消すように、正しく潔白な私にしたかった。

 

もうそんな鎧は脱いだんだ。

 

私は怒りもするし、自分勝手だし、強欲だし、涙もするし情も深い。

ちゃんと怒ればいい。

怒るような事だってあるでしょう。

でも怒ったから「出来ていない人」とは思わない。

解放出来る素直な人だよ。

そもそも、相手を信頼していないと怒ったり出来ないから。

怒らない人が大人で凄いなんて事ないよ。

隠して賢そうにする事が日本の美徳だから、とても多いよね、賢こそうな人や冷めた人。

 

この人生は、いくつもの夢を叶える為に、生活はそれに合わせて送ってる。

「人生舐めてる」って何人もに言われたし、実際その人達の世界からは舐めているのだろう。

 

嫌だと思ったから嫌だと思うし、文句も言う。

でも嫌だけどやる。

だって嫌だけどやりたいから。

諦めたから愚痴ってるんじゃなく、後でやるからちゃんと愚痴っておきたい。

言っても意味ねぇ〜(´ω`;)って思えるから。

スッキリしたら切り替えて、

「さ、やるか!」ってやるの。

それでもやってる事が違うか?と思ったら辞める。

社会性?そんなもんは知らん。←

自分の気持ちが向かない以上、それ以外に何も理由はない。

 

〜〜ここから余談〜〜

昔の職場で、

「休みの希望日取れなくなるから辞めます。」って言ったら、

店長が「甘い。仕事を舐めている。」と言った。

私は、「いいんですよ。そこまで仕事に命かけたくないんで。」と言って、1ヶ月後退職した。

店長は非常に倫理観の強い完璧主義で、仕事の完璧さを尊敬してたし、言われた業務は的確にこなしていたよ。

でも、休みが取れないなら嫌だ。

 

私がその仕事を選んだ時は、その条件だったから入ったの。

お互いの条件にマッチしたから。

それが無くなるなら交渉は成立しないと思ったので、プライベートを確保(その時はデートする時間)する事を選んだ。

 

こうやって、職を10個くらい転々として、

「私ってなんで一つが続かないんだろ~。」って思ってたけど、

次に選ぶのは、やった事の無い業種を選んだ。

お金がなくて高卒だったから、お金をもらいながら専門学校に通う感覚で働いて、色んな事を知れるなんてお得!

何をやっても、今までの職場体験があったから、こうするもんだって感覚は育っていた。

 

そして、ちゃんと続く事に巡り合えた。

天職に巡り合えるなんて、宝くじ当てるようなもんで、

一発で天職に大当たりする訳ないでしょう。

それでも辞めない事、探し続ける事を辞めなかったから当たるんだよ。

 

物事が完成するには、必ず諦めない事が必要で、

「出来ない」って人は、止まってる時にそれを言う。

 

転職が多いと、周りも親も色々言う訳ですが、

気が向かんのだから仕方ない。

それに尽きる20代だった。笑

 

どれだけ大人の武勇伝を聞いても、

「もっと上手くやれんかったんか?」と思う訳で、それを言ったら怒られるから言わない。

 

「これだけやって来た。」「こんなに苦労した。」って言われても、

「あっそ。」としか思えなかった。

 

あ、私は出来ないって思われてるんだ。

 

でも、やっぱり見た目も大切で、実績が長いのも認めてもらう道具として使えば良かったんだね。

それ無しに認めろなんてそりゃないか。

そこから長く続く仕事に出会えた。

 

 

私は正しさの奴隷ではない。

やりたかったからやれるだけだった。

 

〜〜話を戻す〜〜

そして、ここ数年の私は、やりたいと言うより、こうあるべきに従っていた。 

私から見ると、みんな正しさ、常識の奴隷だよ。

そしてその姿は私の鏡だったね。

 

そんな生き方は、人なの?

無欲な人の何が魅力的なの?

正しさを身にまとった美しさに憧れる事なんか出来ない。 

 

私が夢を見られるのは、あらゆる欲望を解放して、夢を手に入れる為ならなんでもやる強欲さ。

その姿に羨望し、自分もそうありたいと前に進もうと出来る。

 

本来の暴君の私を私が認めず、恥じていた所があった。

だって、いっぱい失敗するし、とてもダサい。

カッコ良くなりきらんのですよ( ¯•ω•¯ )

 

でも、正しさに縛られて自分を装う私の方がもっと始末が悪い。

どんな失敗も経験も、私が決断して、その時の周りの人の魂と協力して至った結果。

それを悔やむ事なんかしない。

 

これが私と周りのみんな、全ての人の生き様で創りあげた結果。

痛みもあれば、悔しさも、涙もする。

この全てがみんなの精一杯の生き様での結果だからね。

 

過去世から、ずっと失敗して来たとしても、今転生した私は、

一個の命であるわたしとして、命の根を降ろしたい。

 

私がみんなに捧げるんじゃあない。

みんなが私に捧げてくれるんだ。

常に与えられて進むんだ。

人が受け取ってくれるものがあるって言うなら、与えられたんだろうね。

そうして循環して行くんだ。

 

私はこの暴君ゆえに、憧れたり、英雄のように見てくれる人がいる。

その自分を消す事で、落ちぶれたなんて言わせないよ〜?

 

みんなも早く正しさの呪いから目を覚まして。

本来の姿を取り戻そうね♪

 

 

 

それではまた~✋🏻