阿瀬井 香織 〜鏡のブログ〜

命には終わりがある。魂は時空を超えて受け継いでいる。今の私は過去の私の希望。阿瀬井香織、もう一つのブログ。

前の私はもう死んだ。

今回尼崎講座の20日前から体調を壊しました。

目が腫れて殴られたような青タンが出来た後、唇が腫れ、声が出なくなり、熱が出ました。

その熱が全然下がらない。

ずーっと37.4~9℃を彷徨ってた。

体もダルくて起き上がれず、本業は冷えピタを貼りながらやっていましたが、終わったら立ってられず横になる毎日。

何しても治らない謎の体調不良。

 

講座2日前に、急にこれ終わったな!という感覚になり、起き上がってみた感じ、やっぱり治ってました。

今思えばこれは浄化だった。

 

この不調の前に珍しい程落ちていました。

私は落ち込むとか傷つくとかもう無いんですよね。

そういう感覚に久しぶりに触れました。

 

私には誰かを救うなんて事出来ないのかもしれない。

霊性なんてないのかもしれない。

私に一体なんの力があるんだろう。

こんなに何もないのにこれからやっていけない。

もうこのまま黙って去ってしまおうか。

もう一般人に戻ろう。

もしお金に困ったらなんかバイトでもするかなー。

そしたらみんな笑うかな、こんな私の事。

ハァ…。

 

そんな事ばっか考えていました。

12月は本業が忙しいのもあって、霊性の予約は取らないつもりでした。

 

何件か問い合わせがありましたが、断っていました。

やれる気がしない。

 

断っても催促してくれるお客さん。(愛です)

それでも断る私。(恐れです)

 

断っていたものの、対面のタロット講座しか受け付けていないと話すと、

じゃあそのタロット講座で。と申し込んでくれたお客さんもいました。

対面が2組続いて、県外からわざわざ来てくれたお客さん。

しかも何枠かまとめて取ってくれるという。

 

こんな事聞くのはおかしいんですけど、なんで申し込んでくれるのか聞いてみたんですよ。

その内容は自分の予想しない内容でした。

他のお客さんにも、友人を紹介してたんですが、

その方達も、同じ理由で申し込んでくれて、

そんなお客さんが偶然にも続きました。

 

この現実を受け入れないのか?私は。

人が言ってる言葉を信頼して聞く事はできているのか?

これをどう否定するんだろう。

否定したいのはエゴだ。

私の考えはエゴだ。

 

そこからやっと前を向き始めました。

私はいつだってお客さんに助けられている。

お客さんが私に力をくれている。

なぜかお客さんが私をいつも元気づけてくれる。

 

普通逆でしょ?

私が人を救うはず。

それなのに、お客さんに肩を借りて立ちあがる私って一体何?

ダサいよー…かっこ悪いよー…。

 

でもそれが私なんだ。

いつもそうやって人に頼って生きてきたんだ。

1人じゃ何も出来ないんだ。

望まれているならそれを断る理由なんてないな。

何もなくても、時々ダメでも、それでも望まれているっていう、あやふやなままやるしかないか。

怖すぎる。

 

ここからやっとセッションを再開できました。

お客さんの言ってくれた理由は、

【かおりさんにやってもらわないと意味がない】

【かおりさんに会うだけでいい】

【かおりさんだから】でした。

 

かずみには、『あんたの存在だけでええねん。』と言われたから、

もし私が間違えてたらどーすんの?と聞くと、

『もし騙されたとしてもええねん。それでもあんたとおった時間はそれだけ楽しかったから。』

 

号泣……。

 

存在だけでいいの?

いるだけで安心してんの?

マジで?

そんなアホな。

 

妹にもそうなん?って聞いてみたら、

『存在だけでかなり安心感ある。』と言っていた。

いとー君にも聞いたら、同じ事を言っていた。

これは周りに殉教者タイプばっかり集めるみたいだからこうなるみたいね。

 

私は今の所、なんの能力もなくても、生きているだけでいい。

それだけでいいんだ。

後は勝手に動かされるままやればいいんだ。

この身をみんなに捧げて行こう。

 

そう思ったらめっちゃ楽になってしまった。

そしたら力が抜けてしまった。

これがクリアな状態だろうなという感じがした。

文字通り一皮むけた。

 

今までよりお客さんとの距離が近くなったし、私からもっと関わって行こーって思えた。

だって目の前の人って私でしょう?

私から辛そうに見えたなら、私から声をかけないとね。

 

私を救いに行きます。

私を取り戻しに行きます。

みんな合わせてわたしだから。

今まで置き去りにしてごめん。

待ってて。

これから迎えに行くから。

 

 

 

それではまた~🖖🏻

私の青春時代

夏休みが明け、福井県の学校へ。

制服がまだ届いてなくて、1人だけ私服は目立つから、制服が届くまで休んでいた。

 

大阪人は、転校生ってだけで休み時間取り合いのように転校生の所へ行き、質問攻めになる。

転校生と遊びたくて、みんなが遊ぶ約束をする。

とにかく人気者。

きっと私もそうなるんだと思っていた休み時間。

 

シ―――――――――ン・・・。

だーーーれも来ん。

 

というか、休み時間みんなわりと静か。

ガチャついた雰囲気はそんなになく、大人びた空間にどうしていいか分からなかった。

 

私はただ座っているだけ。

移動教室だというのに、誰も教えてくれない。

聞いてないけど、転校生にはどんどん声かけるってもんじゃぁないのかい?

まあいいよ。更に帰りたいよ。

 

勉強もみんな凄くて、ほとんどの人がそろばんを習っている。

今何級?とか、習い事の話が多い。

福井ではそろばんが流行ってるのか。

友達が出来るわけなく、寂しい生活が何か月か続いた。

 

休みの日に電話がなるようになった。

隣のクラスの男子からだ。

『キャッチボールせん?』

『は?嫌。』

 クラスの男子。

『遊ぼ。』

『え、嫌。』

 

女子からの誘いが来ない。

クラスの女子は真面目という印象。

とてもじゃないけど私とは違い過ぎる。

無理だ。

場違いという感覚を痛いほど味わう。

休みの日も家にいる事が多くなった。

 

すっかり忘れていたけど、小2から母親の付き合っていた男が居候するようになり、

母親不在の時に暴力を受けるようになっていた。

ご飯は私がいると邪魔だからと、自分の部屋で食べるようになり、2年生~毎日1人で食べていた。

 

何か変だとは思ったけど、

特に拒むわけでもなくそのまま何年もそのままでいた。

 

福井に来てもそのままだったけど、2階建ての為、1階と2階で生活は完全に分かれていた。

 

その家には、若い衆と呼ばれる高校中退者からおっさん達数名が同居していて、母親は、《ねえさん》と呼ばれていた。

付き合っている男は《にいさん》やら《親っさん》やら呼ばれていて、誰もがヘコヘコしていた。

私は《お嬢》と呼ばれていた。

 

私の洗濯物は、洗濯機から勝手に出されたり、こんなパンツ履いてるねんなと笑われたり、お風呂も勝手に開けられたりと、プライベートのない家だった。

けっこーな頻度で母親がどやされている。

母親がこっそり泣いているのを見て、声はかけられなかったけど、可愛そうで可愛そうで私の方が涙が止まらなかった。

 

小6の10月、妹が生まれた。

そいつの子だ。

再婚はしていないので、籍は入れていない。

妹はすごく大事にされていた。

私は家で嫌われていたので、触るな、とか、ばい菌が移るとか、同じ部屋すら入れてもらえなかった。

妹と母親と男は、3人の部屋で生活していて、鍵がかかっていた。

私は用があればノックして入口で対応された。

中には入れてもらえない。

 

寂しかった。

なんで親なのにこんなひどい事するんだろうと思っていた。

私は広い部屋、電話、テレビ、ベット、全て揃った部屋を与えられ、小学生のわりに贅沢な部屋ではあった。

こんなものいらなかった。

一緒にいて欲しかった。

 

6年生の秋、塾で急に気分が悪くなった。

頭に血が上って気持ち悪くなり、トイレに行った。

何も出ない。でも顔が熱い。熱くて苦しい。

洗面所の水で顔を濡らした。

激しい動悸がするままそこに座っていた。

先生が見にきてくれたけど、上手く説明出来なかった。

それから毎日訳の分からない症状は続いた。

 

学校に行っても、家にいても、定期的に息が出来なくなる。

動悸が激しくなり、苦しさでえづく。

怖くて怖くて仕方なかった。

そのままの状態で楽しくない生活は過ぎ、卒業式。

卒業式すら体調が悪くて保健室で寝ていた。

 

なんでこうなったんだろう。

今頃大阪のみんなは感動的な卒業式をしているのに、私はそんな大切な日さえ普通に過ごす事が許されないのか。

この人生が嫌になった。

 

中学校入学。

なんの希望もないまま奴隷のように通うものの、やっぱり体がしんどい。

母親が夜のバイトに行くようになり、妹のミルクは私があげていた。

数時間置きに目覚ましをかけて飲ませ、ゲップが出るまで抱いているという生活を、夜だけのはずが、母親が昼もバイトを始めたので、学校を休んでやっていた。

中学校入学から夏休みになる頃、体は、もっとおかしくなっていた。

 

体が絶対変だ。

母親に体が変だから病院に連れて行って欲しいと言っても、

『風邪やろ。寝とけば治る。』

と言って連れて行ってもらえなかった。

そのまま何週間も過ぎた。

熱も出てきて、歩く事も出来ない。

四つん這いになりながら母親の元へ行き、涙を流しながら、

お願い…ほんまに苦しいねん…病院連れてって…

と頼んだが、大袈裟と言って連れて行ってもらえなかった。

 

どうやったら信じてもらえるんだ…。

息が出来ないし、ずっと気持ち悪いし、熱もずっと下がらない。

今日は特別気持ち悪いな…と思いながらいつの間にか寝ていた。

 

夜中急に目が覚めて血を吐いた。

なにこれ怖い。

量は少ないものの、恐怖で動悸が止まらない。

立って起き上がる力もない。

助けを呼べない。大きな声も出ない。

恐怖の中、朝が来るまで待っていた。

 

朝、母親が部屋から出てきた時に、出来る限りの声で呼んだ。

『血吐いてん!』

これならさすがに信じてくれると思った。

『は?吐いたらええやん。』

と言って下に行ってしまった。

 

嘘やろ……。

もうあかんわ。多分私死ぬわ。

 

泣けてきた。

こんな終わり方ってある?

この若さで病死?

何をしに生まれた?

生まれた意味あんの?

死んだらちょっとは泣いてくれる?

いても邪魔もの扱いで、愛してもらっているようにも思えない。

ご飯も作ってもらえなくなっていた。

食べられなくて、ほとんど残していたから。

残り物を食べて、毎日過ごしていた。

 

死んだらお母さん楽になるかな…。

はぁ……。

 

こんなん嫌!もー嫌!

どーせ死ぬんやったら言いたい事思いっきし言うとかなスッキリ死なれへんわ!

という事で、四つん這いで呼吸のタイミングをみながら、かなりの時間をかけて下へ行き、母親にすがり付いて泣きながら言った。

 

お願い!病院連れてって!苦しい!息ができひんねん!お願い!

 

咳き込みながら、えづきながら、断られても服を掴んで離さなかった。

 

『あんた変なんちゃう!頭おかしいわ!』

そーや。おかしいねん。

頭も体も全部おかしいねん!

 

『分かった!だから離して!うっとーしい!』

絶対やな!絶対行くな!?行けへんかもしれんから、このまま用意すんの見るまで離されへん!

『しつこい子やわ!』

 

やっと病院に行けた。

おじいちゃん先生の個人病院…。

 

違う。これじゃない。

こういう展開になるとは…。

こうなったら仕方ない。

出来る限りの苦しさを表現した。

母親が病院に連れてってくれなかった事も話した。

ここで風邪やと言われたら、ほらみい!とちゃんとした検査をしてもらえなくなる。

お願い先生、ちゃんと診て…。

 

必死だった。

死にたくなかったもん。

 

紹介状を書いてくれて、やっと大きい病院へ行けた。

待ち時間座っていることが出来ないので、横になっていた。

だらしないと言われて起こそうとされるけど、起きる力がない。

こいつに何を話してもダメだ。

体力を溜める方に集中しよう。

呼ばれたら行かないといけないから。

 

そしてやっと呼ばれてまずは問診。

どういう流れか、点滴をする事になり、手の甲に針を刺される時、

やっと助かるんだ・・と安心し、気を失ってしまった。

 

目が覚めると臨時のベットで寝ていて、母親が隣にいた。

『私倒れたん?』

『うん。』

『心配せんかったん?』

『別に。』

『こんなに苦しいのに、全然分かってくれへんかってんで?』

と言いながら悲しくて泣けてきた。

『お母さんやのにひどいわ。』

『しゃーないやん。そんなん知らんかってんから。』

こいつほんま…喋るんじゃなかったわ…。

 

診察質へ入り、即入院と言われ、

『嘘ですよね?大した事ないですよね?』と笑いながら聞く母親。

肺炎ですよ。このまま入院してもらいます。

『……はい。』

嫌なんかい。

 

やっと治る希望が出てきた。

小6の秋からこの症状に悩まされていたから、やっと元気に戻れるんだ。

うれしい。

夏休みは全て入院生活だった。

 

病院だというのに、いっこーに良くならない。

1日何度も発作みたいなものに襲われて、息が出来ない何時間が過ぎる。

体重もみるみる減ってガリガリになっていた。

 

誰に何を言っても通じない。

看護婦さんも先生も、この苦しさを分かろうともしてくれない。

子供の言う事に真剣に耳を貸す大人はいなかった。

そしてこのまま退院の日が告げられた。

 

『待って、まだ喉の所になんか詰まって苦しいんです。検査してください。』

 

しても何にも見つからず、それはここじゃなく、心療内科がある病院で診てもらうよう、紹介状をもらった。

 

またかよ……。

 

この世の中はなんて生きづらいんだ。

病院って病気治せる訳じゃないのか。

治せるものって限られてるんだ。

ちっとも良くならないのに退院。

そしてまた新しい病院で診察。入院。退院。

 

何やってんだろうな。

外はこんなに晴れてるのに。

私って普通に生きる事さえ出来ないのか。

これからの人生どうなるんだろう。

 

親とも分かり合えず、先生にも分かってもらえず、友達もおらず、

美味しくご飯を食べる事も出来ないし、義務教育すら行ってない。

 

中学生って恋とかするって漫画で読んだのに、そういう幸せみたいなものが、私の人生になさ過ぎる。

悲しい。

このまま一生治らないのかな…。

 

そんな中、発作はひどくなっていた。

常に点滴をしていて、トイレに行くにも立ちくらみで牛歩でしか進めない。

発作が起きたら、筋肉注射でお尻や腕に鎮静剤を打ってもらう毎日。

何錠飲んでたか分からない程の薬。

本当におかしかった。全部おかしかった。

 

過呼吸の発作が特にひどく、1日何度も何度も繰り返していた。

大人が誰もいない家で、1人でヒーヒーのたうち回っていた。

薬も規定外飲んだ。

病院に電話して苦しいと言ったら、救急車を呼ぼうか?と言われた。

 

『お母さんが怒ると思うからいいです。』

と断った。

『でも今そんなに苦しいんでしょう!』

『そうやけど…運ばれたって知ったら、怒ってこれから病院に連れて行ってもらえんかも知れんから…このまま電話だけしてて欲しい…。』と頼んで、ハァハァ発作のまま意識が飛んでいた。呼ばれた声で気がついたら大丈夫そうだったから電話を切った。

 

寝る前に、このまま死んで明日生きてないかもしれない。という怖さもあって、

毎晩今日まで生きてきた感謝を、思いつく限りの神様、人、動物にして寝ていた。

 

今日もなんとか生きれました。ありがとうございました。

出来れば明日も生きていたい。

悪いことはもうしませんから、どうか明日も生きれますように。

祈りながら毎晩泣いていた。

 

退院しても体調は変わらず、ずっと家にいた。学校へは行っていない。

出席日数分は保健室や空いてる教室でただ座っていた。

みんなの声が楽しそうだった。

声だけ聴いていた。

私がここにいる事を誰も知らないんだろうな。

はぁ・・。

 

こんな人生にしたあいつを許せなかった。

あの男さえいなければ、あのまま幸せだった。

こいつさえいなくなれば、母親の気持ちは私には戻るんじゃないか。

 

恨んでいた。

殺したかった。

台所から包丁を持って、昼寝しているあいつを殺そうとした。

寝る前の祈りの宣言はここでは消えていた。

ドアを開けて部屋に入ると足がつまづいて音を立ててしまった。

 

バレた。

 

包丁を見て『なんやそれ』と起き上がり、すぐ取られてしまった。

相手は本物のヤクザだ。

若い衆は指がない人ばかり。

『やってみぃや』と私に先に手を挙げた。

力で勝てる訳なかった。

『私を殺してよ!!!!』

と言ったけど、髪の毛を引っ張られたまま引きづり回された。

 

あいつはショックで家出した。

母親は私のせいだと責めた。

悲しむ母親が可哀想で、あいつに謝って、帰って来て下さいと手紙で頼んだ。

私がいなくなれば良かったんだと思った。

 

中学2年の真ん中辺りで、このままでは高校へ行けないという問題が出た。

もう行かなくていいと思った。

生きてるだけで必死だったから。

私に高校なんて幸せそうな響き、どーせ無理なんだと思った。

望むと叶わない時に絶望して泣き崩れる。

もーいーや。どーでもいい。

 

諦めた私にありえない話が来た。

養護学校は、ほぼマンツーマンで授業受けれるらしい。

 

なんだって?

マンツーマンなら教室に入る時、過呼吸にもなりにくいし、なっても誰もいないなら迷惑かけない。

しかも勉強を自分のペースで教えてくれるなら、取り返しがつくかもしれない。

行きたい。

 

また希望を抱いてしまった。

でもこれが最後。

もう私は死んだも同然。

失うものなんかない。

失敗してもいい。

やり直したい!

 

でも入るには条件があるらしい。

診断書がないといけない。

入る理由がいる。

 

病院で頭がどれだけ狂っているかアピールした。

変なものが見えるとか、感情的になるとか、発狂しそうな私を演出しつつ訴えた。

情緒不安定、自律神経失調症、その称号で養護学校に入る条件はクリアした。

 

中学校3年から、養護学校に通うことになった。

ここに来て、あり得ないけど完璧なシナリオだった。

 

 

 

 

続く。

私の幼少時代①

3歳。両親が離婚。

この頃から極貧生活が始まった。

 

家で傘を作る母親を凄いと感動し、保育園で自慢したら母親に怒られた。

内職だから恥ずかしいって。

その時はビンボーだと知らなかった。

 

保育園の転園が3回。

友達が出来たと思えばまた転園。

新しい保育園では、必ず意地悪な洗礼があった。

 

それで泣く事はなかった。

無反応だった。

嫌だとは思ってた。

顔や態度に出ることはなかった。

 

大人には可愛げがないと言われるし、友達も特にいない。

好いてくれる子もいたけど、

あーそーぼ『いや。』

と断るのも早かった。

 

家では一人っ子でいつも一人。

その頃の母親は男の人と遊んでいて、かまってもらうことはあまりなかった。

よくある家庭環境だった。

 

小学校に上がり、私は乱暴になった。

今でいうストレスかな。

運動場の遊具で並んでる人を、お構いなしに割り込む、

鉄棒から落ちた友達を大笑いして怒られる、

同級生の男との喧嘩でバットで相手の顔面を殴る、ベランダからおちょくってきた奴の家まで走って行き、そこの親を無視して上がり、怒鳴りに行く、ボコボコにどつきまくるという、とにかく乱暴的な人だった。

 

それでも頭は良かった。

変に勉強が出来たし、芸術も賞とか取れるし、運動神経も良かった。

誰も私に文句は言わなかった。

 

小1~2年の間、ほとんどシカトされていた。

こんなにヤバいんだから、そりゃあそう。

何かいい所なかったかな~と思い出すと、みんなが嫌ってるクラスメイトと一緒にいた。

その子がどんだけ普通でどんだけ臭くないか(臭いといじめられていた)、会話する人に話していた。

あと、優しかった。

思いやりは強かったから、迷子の子の母親を探したり、それで自分が迷子になったりという部分もあった。

 

小3で、なぜか友達が急に増えた。

実は前から喋りたかってん。とみんな言っていた。

信じられなかった。

なんだよ。

みんな私の事めっちゃ好きなんだね。

 

その当時、交換日記が流行っていて、他のクラスの子も含めて7冊頼まれていた。

私って親友やんな?と言葉で確かめる人も続出。

人気者だった。

 

小5の夏休み、急に引っ越す事になった。

母親の彼氏が引っ越すからだ。

なんでそんな理由で、と思った。

いちおー嫌だと言ってはみたけど、どーせ言っても変わらんだろうと思っていた。

 

みんなには黙っていた。

お別れ会をされるのは嫌だった。

泣き崩れてしまうから…。

そして立ち直れなくなるのが分かった。

だってみんなが大好きだったから。

みんなと離れるなんて、絶対嫌だったから。

みんなの前で泣くなんて、かっちょ悪くて見せられなかった。

 

1番仲良くしていた友達1人だけ話す事にして、教室のカーテンが縛ってある中でカミングアウトした。

 

ビックリしてた。

かおりちゃがいなくなったら誰と仲良くすればいいん…⁉︎と泣いてくれた。

私も泣いた。

 

先生に、『もうお別れしたし、夏休み終わったらみんなに引っ越した事言うといてな。』と言い、

『ほんまにそれでええんか?』と心配そうに聞いてくれる先生に、泣くのを堪えて、『ええねん。』と言って帰った。

 

夏休みは兵庫のおばあちゃんちで過ごしていた。

夏休みが終わる頃、縁もゆかりもない福井県に引っ越していた。

 

田んぼしかない、コンビニもない所に来て、タイムスリップしたように思えた。

 

もう本当にみんなに会えないんだと思うと涙が止まらなかった。

寂しかった。

でももう帰れない。

みんなに会いたい。

会いたくて苦しい。

どうしようもない胸のモヤモヤをただ耐えるしかできなくて、

離れたくなかった…離れたくなかった…と小さい声で言いながら泣いた。

 

そしてここから波乱万丈の人生が始まった。

 

 

 

 

 

続く。

HP誕生日。屋号も誕生日!

HPを作る事になりました。


屋号を今までつけてなかったんです。

いよいよ考えないといけません。
確定申告の時も、自営とだけ書いていて。

 

師匠につけてもらいました。

 
f:id:kaojy:20161111020616j:image

「響命師-リオア-」阿瀬井香織
香織のリ、香織のオ、阿瀬井のア。
響命師(きょうめいし)-リオア-


リは、「理を知る者」「律する者」「倫じる者」「離す者」とした意味を含み、

オは、「教える者」「教わる者」「堕とす者」「終わりを告げる者」とした力を持ち、

アは、「愛する者」「明け渡す者」「与える者」「愛される者」とした姿を示す。

※降ろしてもらったまま転記。

 

 

響命師というのがとてもしっくりきています。
その人の霊体に重ねて見るのが私の霊能力なので、それを的確に表している〜。
リオアの音の響きが宇宙人みたいでいい!


私の魂を、ここまで磨いて、整えて、輝きを取り戻してくれた偉大な恩師である今牧真道氏。


今の私の生活は、この人なしではあり得ません。
私の霊能力を呼び覚ましてくれた人です。


この名前をもらってから、
バタバタと残っていたブロックが身内を通して炙り出され(今回妹まで参加)、
2日の間にいろんな感情を出し、家族に泣いて頭を下げて改心する、という流れを一通り体験してきました。


母親は『本音を書くノートを買いに行く!』と、すぐに100均で買い、書き始め、
いとー君は、『自分のやって来た事が会社の動かない奴と同じで、俺の姿やったんか…。』と涙を流し、
子供は急に大人になり、口調までもが男前になっていた。
宿題を終え、『おやつくれんか?』と食べ、『洗ってくれんか?』と水筒を出す。
身の回りの用意を終わらせ、『かおりお休み。好きやで。』と寝た。
落ち着き方が凄い。
家族みんな変わっていました。


やはり、今までのあれは私の姿でした…。


どっぷり低いものをやり切って、相手の愛を見て来ました。


やっと分かったものがあった。
忘れていた。
みんなやり直しに来ていた。
同じ傷を持っていた。
みんなでわたしだった。

 

これで終わったと思いupしようとすると、頭の中で色んな事が1本に繋がり始め、
量がヤバかったので、ノートに書かな!と、
朝、本業前に書いたら凄いことになっていた。


見えた。


リーディング方法も、見方を更に整理したら、カードの引き方がオリジナルに変わった。
これで本当に出るのか?と試した所、ズバリだった。
全てを分かってあの資料を作ったまさみちがヤバイ


構成が分かった。

 

書いてからこれは法則があるな、とみると法則ある。
これは逆だな…なんで?と見ると法則がある。


凄い…。(ゴクリ…


9日にupしようと思ったら間に合わず、
今日(10日)upしようとしたら、メニュー内容が変わってしまい、今になってしまいました。
かずみがゲッソリしてるかな。
忙しかったな〜この数日。笑
せっかくやから、11/11 にupしよう。


値段はしばらくそのままです。
(一部変更有)
また師匠に料金を降ろしてもらって、それから決めようと思います。
今月の募集は満員になりましたが、ご希望の方はGmailにご連絡下さい。
調整して返信致します。

 

■響命師 ーリオアー HP

http://sentorey.wixsite.com/rioa

 

 


それではまた〜🖖🏻

勉強って何の意味があんの?という質問

よく聞く相談に、『不登校の娘、息子が、なんの為に勉強するかわからないと言う。』というのがある。


私自身、真っ当に学校に行っていない期間がある。
中1〜2はほぼ授業に出ていない。
教室にも入っていない。
学校にはチョロっと行ったくらい。
中3で3年間の勉強を全教科やり、なんとかなった。


高校でも勉強は、なんの為に方程式なんかやってんの?と思うこともあった。


ただ言える事は、答えを学生時代に出せると思うなという事。


なんの為にやるか?
それを聞いて意味が分かったらやるの?
あなたそんなに素直?


今は意味なんて知らなくてもいい。
意味が分かるならやるってのがセコイんだよ。


何が起こるか分からないのに必死でやるのが怖いんだろう?
無駄な事に労力をかけたくないんだろう?
結果が早く欲しいって楽したいだけなんだよ。


勉強が何の意味があるかって?
知らないことを聞いて理解して、出来るようになるって経験だ。


出来ないなら出来ない経験をして、どうすればいいのか答えを探し、人に聞き、練習して乗り越える事そのものに意味がある。


すんなり行かない事を、出来るに変える体験を社会に出るまでにやってんの。
数式が役にたつとか関係ないの。
こんな方法が世の中にあるという事を知るんだ。


知らない事を知る。
出来るようになる。
人に教える。
使う。
この経験を活かす。
語る。


これを学校以外でどう学べと?
自分で自主学でここまでの事を出来るもの?
出来るわけないよ。


この一見意味のないものに、意味を見出す事すら出来ない段階で、何かを判断しようなんて思わなくていい。


意味を見出すまでやるんだ。
意味を見出すのは知性だ。


文句を言っている間は必ず没頭していない。
誰かが没頭している間、ずっとこうして立ち止まって遅れている。
そしてその遅れに対してまた文句を言う。
このループにこそ、この段階では意味はない。


意味が分からんと言っているのは何故だ。
意味を知らないといけないのは何故だ。
何故知ろうとしている。
それを問われた時に答えられるのか?
本当に意味を知りたいのか?


間接的に役に立つ事は山ほどある。
それは必ず仕事で役立つわけではない。


あの時の出来ない経験が、出来ない誰かに寄り添える。
出来ない誰かに教える事が出来る。励ます事が出来る。
なんの方法も知らず、体験もないまま何ができるんだ。


知らないより知っていた方がいい。
いらないなら使わないでいい。
ただ、引き出しは多い方が選択肢は広がる。
可能性を広げる枝は多い方がいい。


私自身、学校で勉強した事は自分の生活の何の役にも立っていない。
不自由だったあの時に、沢山サボって怒られ、許されてきた事が大きな財産になっている。


不自由で理不尽なこの体験そのものが大きな気づきをくれた。
この無駄な学生生活に意味を見出せたのは社会に出てからだ。


意味は後に分かる。
それまでに、沢山の体験を積む事だ。
不登校でもその不登校を精一杯苦しめばいい。
精一杯反発すればいい。
無駄な事をどんどんやればいい。
どうしようもなく追い詰められて困ればいい。
そこからが巻き返しの人生が始まる。
意味はそこから創り出す。


今はまだそこまで行っていない。
意味なんてまだない。
ただやるだけの段階だという事も知って欲しい。


無駄なんだよ無駄。
めんどくさいの。
でもそれみんなな!
自分だけじゃないから。

 


今の私なら昔の私にそう話す。
とても良い経験をしてきたと胸を張って言える。
人のせいにして、学校のせいにして、とても愚かだった。
何もしてないくせに。笑

 

 

 

それではまた〜🖖🏻

未来の為の方程式

幸せになりたいと思うのはみんな共通。
じゃあその為に何をしているか。


何かやってます?


ここで、夢を夢のままにしている人と、夢を叶えようとしている人に分かれます。


幸せという結果を求めるには、
【結果=努力の量×努力した時間】
が必要で、ここで言う努力が本気度10%、時間を1週間と仮定すると、
【本気10%の努力×1週間=結果】
となります。


この方程式を自分に当てはめてみると、今の現実は過去自分がやって来た結果でしかありません。


これを人のせいにしても仕方ないし、待っていても永遠に結果はこのままになります。


もう一つ違う式を挙げると、
気に入らないあの人は、
【扱われ方=綺麗な気持ち×信じる気持ち】


嫌だと思えるあの人へ、自分はどの程度信頼をしていたでしょうか。


5与えたら5は必ず返ってきます。
やってるのに返ってこないという人は、
優しそうにしていても、
『どーせこの人は』と信じていない気持ちがないか、
心から相手を信頼していたかをみて下さい。


相手のその行動を、『それでもいいよ』と思いながら接していると、相手が変わってきます。
すぐに変わらないなら、時間をかけます。
やり続けます。


努力のが少ないなら、時間を大きくすれば結果が出ます。
今の自分に何が足りないか、自分で確認すると分かります。


努力の量
努力の時間

に加え、
努力の質(やり方を変えてより良くする)
が加われば、さらに大きな結果が出ます。


その為には、
今まで知らなかったやり方をやる。
思いっきりやる。
すると、
時間をかけずに結果が出ます。


とは、思いっきりやるです。
これは、我慢して人に合わせている限り増えません。
量を少なくする事で、リスクを減らし安心を得ているので、それ相応の結果にしかなりません。
思いっきり没頭する事で数値が最大化すれば、最大化したものを掛け合わせた大きな結果になります。


そもそも得たいのは、リスクを減らした時の安心か、自分が望む幸せか。
欲しい結果は得ています。

 

もっと欲張るなら、の数値を高める為に、
と時間に他人を加えて相乗効果を得ます。


1人で黙々とやるには限界があります。
他人を入れる事で、楽しいから続けられるに変わります。
楽しい事の方がエネルギー高そうでしょ。
掛ける個別数値を高くする事も出来ます。


人を誘って、一緒にやろーぜー!と、思いっきり楽しんでやっている人は、子どもの心のままなんも変わってないんでしょう。
で、成功している。
私達は、大人になってしまったんですねー。笑


他人の意見、他人の目を加える意味もあります。
嫌な事言ってくれる人の方が更に良し。
褒め合うだけでは課題はありません。
どんどん違う意見を取り入れて、形を整えて行けば質は更に高まります。


【結果=努力の量×努力した時間×努力の質(他人の目×他人の意見×他人と楽しむ)】


この方程式は、足し算ではなく掛け算なので、どこまでも数字は掛け合わされます。
【思いっきり楽しんでやる×思いっきり楽しんでやる×思いっきり楽しんでやる…∞】
これで運命は変えられると私は信じています。


創り出すのは自分。
何を創るか決めるのも自分。
自分の為にやる。
自分の為にやった事が、人に喜ばれる事をやる。
相手は自分。
何をしても自分に返ってくる。


どーせなら濃密なものを掛け合わせて行きたいと思う今日この頃。

 

 


それではまた〜🖖🏻

セッション2日目のレポート

やっと書く。笑

 『ほんね』の記事で読者が増えたのに、今から怪しい事を書いて、頭がどーかしてるんじゃないだろうか、と思われるでしょう(⌒‐⌒)

 

。。。。。。

 

さて2日目。

心の隙間のメニュー。

心の隙間に中心軸に、本当ネーミングのセンスを感じます。

だって、本当〜に隙間に隠していたし、あの意識は軸と言うに相応しい感触。

体感するとすごーい!と走り回りたくなりますね。

 

隙間に隠していた私は、さも本来の私かのような私でした。

捻くれ者のアレです。

主に9個ある魂の、9番目の魂でした。

 

ググると9番目の色んな過去世が記載されてるけど、見るとこれだ!って感覚だけはあるようで、まさみちに聞くと、私で合ってました。

どー見てもアホっぽい。

発言が特に。

 

 

今世もちゃんと受け継がれていて、

『1人でなんでもやってみたかった。

神に逆らってみたかった。

逆らい切ったら満足しちゃった♪

誇らしげに当たり前の事を言っていた。

自分が伝えてきた間違いを見たくなかった。

僕は寂しさで出来ていると思いついて、この心が生まれた。

小さい事を気にしなさ過ぎた。

小さい奴と言われたくなかった。』

 

こんな感じの男が隠れて私を牛耳っていた。私、この日までこういう性格なんだと思ってた。

 

ラスボスよこれは。

自分ごと騙して操るから、自力で気づけるレベルじゃない。

見つけられて消滅したから、私のキャラがもうあれではなくなってしまって、

あれを思い出そうとしても、どーも力が入らんようになった!

 

ずっと因縁から逃げ回ってた男は消滅しました*\(^o^)/*

ここから、自分の面倒くさい課題に落ち着いて取り組めるようになっていた。

 

押入れの隙間に溜めていたエゴは、ふすまの形が変わるくらいにパンッパンに膨れ上がっていたらしい。

 

そして急に思い出した。

 

『私繊細やった!忘れてた!』

声出ましたわ。

 

しかも、通常の人より何倍も繊細だった!

些細な事で色んな思いが駆け巡って、涙になるんだよなぁ。

すっかり忘れてた。

 

これに気づいたら、泣けるようになっていた。

過去世を見る練習で、自分のを見てみるけど、何やっても見えず。

 

かなりの時間が過ぎて、変な感情だけがある。

『どの魂見ても難易度高いから、自分のは見れないと思っていいわ。』との事。笑

 

練習に見ようとした自分の魂は、今も外国で不浮遊霊として親子でいたり、天使界だったり、恐竜だったり、魂同士でわだかまりがあるらしい。

 

その中の天使界のを誘導してもらった時、小川と山、緑の自然、キラキラした場所が急に見え出して、

『あれ?これって想像してるんかな?』

と思い、目を開けたり閉じたりして確認しても、同じ光景が見える。

 

『なんやろなぁ〜?』と思いながら話を聞いてると、

開発で壊されたと思った天使の街でしたが、死んでしまったと思っていた天使達がまだ生きていたという事が分かり、その瞬間、

 

『良かった…‼︎良かった…‼︎生きてたなら良かった…‼︎』

 

と号泣。

号泣って、声にならない程になるの私。

ヒーーーーーイ!と声がかすれてなくなってしまう。

声帯が超弱い。

 

こんなに泣いたの久しぶりで、しかも、天使がいるって聞いて、扉の鍵まで開けてもらった!

あとは私の悲しみがなくなればまた会える。

すぐ近くに居るように感じてきた。

 

この私が天使?ってイメージやろ( ・`ω・´)

 

自分とか家族はいつもどおりのキャラですが、昔から天使に話しかけてたし、隠れん坊してたし、当たらないよう、避けながら歩いてたし、植物にも話しかけてたし、人形にも話しかけてた。

 

しかもマジで( ・`ω・´)

だいぶ痛い子どもだったなぁ〜。(遠い目)

 

それをまさみちに話すと、『おお〜、600台(細かい数字忘れた)の意識レベルでやってたから、続けるといいよ。』って。

 

そーなん!

久しぶりやからちゃんと喋れるかな〜/////

 

今はもう取り戻せてきたかな?

喋りはあんまりしてないけど、探すようにしてるし、どの辺にいるだろうな〜って感じるようになってる。

 

最近は庭で遊んでると思う。

木の実で寝具とか、葉っぱで服とか模様替えの準備もしてるからね。

 

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リビングの窓

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いそうでしょ。

 

今はこういう私が前に出てきてる感じ。

人に逆らう気力はなく、9よりは賢そうになったか…ってわけでもないな(゚o゚;;

あれ?(^◇^;)

賢さはどこかにあるけど、メインではないのか(⌒-⌒; )

 

 

それはさて置き、天使の写真持ってたんですよね!

オーストラリアに、誰でも普通に天使が見れるめっちゃ綺麗な滝があって(相当なうろ覚え)、

友達に教えてもらって、写真をもらったんだった。

 

それを引っ張り出して見てみると、なんとも言えない気持ちに。

 

天使は、ティンカーベルみたいな形で、オーロラというか、白く発光しています。

ちゃんと羽あるのよ。

手も足もある。

頭には触覚みたいなものがリボンみたいにある。

 

ええねんええねん!(ヾノ・ω・`)

信じてもらわんでもええねん!(ヾノ・ω・`)

 

信じた所で見れるわけじゃないから。

ホラ嘘やないか!と言われるような事ですわ。

 

 

そんな絵空事を、どれだけ本気で信じていけるかってのも、霊性なんだなぁ。

 

行くとこまで行ってやる!w

 

 

 

 

それではまた〜🖖🏻